Column
 コラム

絵と音楽―創造のプロセス
「クレーの絵と音楽」(ピエール・ブーレーズ著)を読んで

1999.10.12 本澤なおゆき

ピエール・ブーレーズ 1925年生まれ。フランスを代表する作曲家・指揮者。音楽評論家としても知られ「徒弟の覚書」(1996)「参照点」(1981)などの著書がある。現在、世界各地のオーケストラとともにめざましい演奏活動をくり広げている。

 1995年夏にサントリーホールで行われた「ピエール・ブーレーズ・フェスティバル」で、「牧神の午後への前奏曲(ドビュッシー)」や「七つの初期の歌(ベルク)」を聴いて以来、私はピエール・ブーレーズのファンになってしまった。ドビュッシー、ラベル、ストラヴィンスキー、バルトーク、マーラーなどの近・現代の作品以外をほとんど取り上げることがないところや、常に楽譜に忠実で冷静な分析力を持つところに、指揮者と同時に作曲家である彼の大きなこだわりが感じられるのである。しかし、彼の作品を聴いてみても彼の著書を読んでみても、簡単には理解できたためしがない。トータル・セリエリズムというおよそ人間的とは思えない手法を用いて作曲しているからである。出来上がった作品は理解できなくても、アイデアの断片から一つのまとまった作品ができてゆくプロセスを知りたいという興味から、この本を読んでみようと思うに至ったわけである。

 パウル・クレーの絵に注目して、それから音楽を生み出そうとする音楽家は数多くいるが、ブーレーズは単なる絵の技法と音楽の技法の移し換えのようなものを嫌い、そのかわり絵の想像のプロセスがどのようなものであっても、考えられるかぎりさまざまな理論的解決を徹底的に検討することがどれほど実り豊かであるかというところに注目している。紹介されているクレーのノートやスケッチなどから、目に見える形でクレーがどのような態度で創作に望んでいるかを覗くことができ、音楽家としての鋭い洞察力によってブーレーズがどのようにそれを受けとめているかを知ることができる、いわばこの本は二重のポートレイトといえるだろう。難しい文体と、素朴な色彩豊かな絵のコントラストのなかに、なにか想像を生み出す新しい鍵が隠されているようで、アイデアに困っている時に眺めてみるのにもいい本ではないか、などと思ったりする。

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